ヒプノの世界3






●おわらない過去


心の世界では、時がとまったかのように昔のままのシーンが続いていることがあります。


たとえば、ベトナム戦争を体験したアメリカ人兵士たちは、戦争の後遺症に悩まされといいますね。平和な日常生活をしていても、ちょっとした物音に反応して臨戦体制になり、ドキドキしたりします。悪夢にうなされることもあります。戦場から離れて、平和な環境を与えられただけでは問題は終わらなかったのです。心の中では戦争が続いていました。「もう終わったんだ」「ここは平和なんだ」と頭で理解していても、頭の理解が心に届きません。


ただ時が過ぎたり場所を移ったりするのは、テレビのチャンネルを回すことと似ています。チャンネルを回せば別の番組がやっています。昔のことは裏番組になります。でもチャンネルをひねれば、。戦場で脅えているシーンが続いているのです。今は、前よりずっと楽しくて穏やかな生活なのに、何かの拍子に(たとえば似たような刺激に出会った瞬間に)スイッチが入ったように昔のような心理状態や態度に戻ってしまいます。


ベトナム戦争の例は極端ですけれど、実はこのようなことは私たちにとって身近な問題です。というより、しょっちゅう起きていることなのです。「もうすんだことだから」「いつまでもこだわらないで」と諭す場面をドラマなどで見かけます。そのような場合、その人の中でその問題は終わっていないし、たぶん過去の傷ではなくて、今も傷つきつづけているのです。


過去のトラウマ体験がもしも激しいものだったら、悪夢に悩まされたり、起きるはずのないことを不安に思ったりするかもしれません。恐れるあまりに探してしまいまうかもしれません。私はゴキブリが怖いんですが、誰よりも先にゴキブリを見つけます。だから不安は的中しやすくなります。


「あのときのようにならないための」対処に必死になるかもしれません。石橋を叩きすぎて壊したりします。「何があっても離れていかない」ことを証明するために恋人にひどい仕打ちをしたり、監視した結果、別れることになった人もいます。「まただ。やっぱりな」という結論は絶望的だけれども、収まるべきところに収まったような妙な安心感を伴うのでしょう。心に的を持っている、といえます。


過去の人への恨みを、ただカテゴリーが一緒だというだけで、別の人にぶつけてしまうこともあります。昔の恋人への仕返しを、同じ性別の、別の人にぶつけたりしても、それで気が晴れることはありません。エスカレートして繰り返すのは、本質的な解決策ではなかった証拠です。家族との関係が、対人関係のパターンのモデルになります。父親のかわりに、上司に反発をしたり、妙に服従したりするかもしれません。すべて、心の中に放置されたまま残っている傷つきが、それをさせるのです。


もちろんまず第一に、チャンネルを変えること(現実的対処)がなにより大切です。でも現実的対処のあとに、心の変化という課題が残されています。


では何が終わった過去で、何が終わっていない過去なのでしょうか。思い出すたびに苦々しい気持になるようなできごとは、どれもほんとうには終わっていないのです。ヒプノは、心の世界にじかに影響を与えるものです。連日続いていた悪夢をパッタリ見なくなることもあります。私たちが過去を本当に終わらせることができたとき、同じパターンがくりかえされることがなくなります。