ユーリイカ!

                        



共時性ってあるんだな〜、とユーリが初めて思ったときのこと。


10年ぐらい前の冬のある日、友だちと新宿の喫茶店で待ち合わせをしました。当時私は400ccのバイクに乗っていて、二人乗りで、うちに遊びにくる予定でした。

ところが、待てど暮らせど現われません。携帯電話を持ってなかったので、喫茶店の「中で」2時間待ってから、友だちの家まで行きました。
そしたらなんと家でお風呂に入っていました。喫茶店の「前で」1時間待っていて、体が冷え切ったそうです。店の中と外ですれちがってしまったのです。

「せっかくだし、今からおいでよ」と言って、バイクの後ろに乗せました。ふと見ると、足に短くて赤い靴下を履いています。「すごく寒そうだな」と思いました。すごく気になり、いったんバイクを降りて、私が履いているバイクブーツを脱いで、友達に渡そうとしました。「これ履きなよ」「いいよ」「履きなよ」「いいよ」「履きなよ」「いいってば」というやりとりの後、私は諦めて、自分でブーツを履きました。

その日は奇妙なことが連発しました。中野から練馬までの近距離で、なぜか道に迷ってしまいました。驚くぐらい頻繁に、クラクションを鳴らされました。奇妙に思うほどでした。

うちで遊んで、夜になり、「このまま泊まってもらいたいな」と思いました。友だちも泊まってもいいような感じだったのですけれど、翌日の予定を考えて、多少無理してでも送っていくことにしました。そして、帰り道で事故にあいました。交差点の、出会いがしらの事故でした。友だちは足首を骨折しました。「皮のバイクスーツを着ていれば骨折はすり傷程度ですむ」と聞いたことがあるので、もしもバイクブーツを履かせていれば、骨折はしなかったのかもしれません。

後から聞いたことによると、その友だちは事故に遭うのは3回目で、全部赤い靴下を履いているときで、うち2回は左足の骨折でした。

(すれちがうこと、ワケもなく気になること、道に迷うこと、クラクションを何度もならされること、などが頻発するということは、共時性のNOです。共時性のNOが必ずしも「やめた方がいい」という意味ではありませんが、反対するエネルギーがあるということに気付いておけば、慎重に進みますから、回避できる可能性があったかもしれません。回避できないとしても、覚悟ができます)


人と人がつながってるんだな〜、とユーリが初めて思ったときのこと


その事故で友だちに怪我をさせてしまって、私は本当に後悔しました。いったんぶつかってしまえば、それが骨折になるのか、死ぬのか、私の手を離れてしまいます。「悪かった。今度友だちになにかあったら、今度は私が力になろう!」と強く思いました。友だちには言わず、ただ強くそう思いました。
(後から考えるとこれがアファメーションになったかも)

結果的に、その友だちとは、お見舞いに通う中で以前よりかえって仲良くなりました。今では無二の親友です。

その後何年かしてから、私の左足首に傷ができました。怪我をしたわけでもないのに、いつのまにかできたその傷口が、ときどきパックリ開いて血がにじみます。しばらくすると治って、完全に口が閉じます。すっかり治ったと思えば、またかゆくなって傷口が開き、血がにじみます。ワケがわからず「なんだろう」と不思議に思っていました。

ある日友だちと会っていて、足の傷をかいていてハッ!としました。「怪我したの左足?」と聞いて、見せてもらったら同じ場所でした。

考えてみれば、傷が開くタイミングは、友だちから連絡があるときと一致していました。それでその後は、傷が開いたときに自分から連絡するようにしました。すると百発百中で、驚くほどでした。友だちが私に手紙を投函すれば、投函した日に私から電話がいくのです

傷が閉じているときに連絡がくることはありません。傷が開くときに連絡がこないこともありません。最初は驚いていたものの、あまりにも続くので、単なる偶然ではないと思えるようになりました。それをツールとして使うようになりました。傷口が開くタイミングというのは、どちらかというと友だちに辛いことがあったときに、重なっているようでした。

考えてみれば他の人とでも、その人のことが思い浮かぶときに連絡がくることが多くなっていることに、気付くようになりました。

足首の傷は閉じたり開いたりして4年ぐらい治りませんでした。「足首でつながった友だち」でした。

でもそのつながりは、おととしの秋に終わったようです。ある日、友だちから連絡があったとき傷口が開かなかったのです。そういうことは4年間で初めてでした。「なにかよほど安定することがあったんだな」と思いました。聞いてみると、「就職が決まった」とのことでした。

9年前、その会社に派遣で通い始めて1週間ぐらいたったときに、バイク事故が起きたのですが、その後そこに9年間通いつづけて、就職することになったのです。私は「事故後10年間は無事故無違反でいよう」と思っていたし、どこかしら心の中で10年をひと区切りとして考えていたのです。でも私の潜在意識は9年で気が済んだみたい。それから一切傷口は開きません。友だちが困っていても、今は全然反応しません。足首でつながった友だちから、ただの親友になったのですね。

(この体験を反芻するように考えたあげく、私は共時性や、潜在意識の中で人がつながっているという概念を現実として受け入れるようになりました。そういうことはそこまでハッキリとした形ではないものの、頻繁に見られることに気付くようになりました。今は判断材料のひとつとして日常的に使います。、人が基本的にはテレパシーで、自分の思いが伝わるものだと想定するようになったため、前よりは自分の想念に気をつけるようになりました。)