ああ、一ヶ月以上ぶりのネット。
PC言うこと聞いてくれません、DCでアクセスです。
ネパールがエライことになってますね。
まぁブータン好きの私にとっては、ネパールはブータンの
文化的主権を脅かす国という認識なので、どうなろうと
知ったこっちゃありませんけど。
でも、混乱が続いてブータンにどっと流入するのが恐い。
あいつら、勝手に入り込んでおいて数に物を言わせて
シッキム王国を消滅させた前科がありますからね。
言ってみれば「ヒマラヤの和人」ってとこだね。
きっと今ごろ、ブータンのワンチュク国王は眠れぬ
夜を過ごされていることでしょう。
人口100万にも満たない吹けば飛ぶような小国。
こら、田中の姐ご!何かしろ!
http://www3.ocn.ne.jp/~stoneco/
いろんなランキングを作ってみたから一度遊びに来て、投票してね〜。
http://www.kyokusho.com/ranking/
やっと書き込めます。書きたかった事は、今夕にでも書きに来れると良いナ (^^)v
書きこみテストです。
Sampe nusa を大幅アップしました。
これにより、始めから現在に至るまでの全ての過去ログが閲覧できます。
とても長いので、見るのも面倒ですが・・・
maneeratさんようこそ。
いまの情勢で「日本は単一民族国家」などと「公言」出来る政治家は、
よほどのアホだと思いますが、
「単一民族国家が望ましい」とか、「単一民族だけだったら治安がいいのに」という感じの
発言をしかねない/している人は、結構いるようなので問題ですね。
新法などに見る、アイヌに対する最近の政策も、
刺繍教室とかが出来て、一件よくなったかに見えますが、
その刺繍教室とかは民族の文化や生活の振興ではなくて、
あくまで文化教室の如き振興でありまして、
「日本の多様性に貢献する為の文化振興」という文脈でしかない以上、
あくまで「日本民族の1バリエーションとしての毛色の違い」程度のものとして、
アイヌを「消化吸収」しようとしている姿勢が見え隠れしていて頂けませんね。
日本に同化しきってしまう事が前提の「権利」では、片手落ちだと思います。
あと、ここは何を書いてもいいとはいえ、真剣な対話もなされる空間ですから、
ただの宣伝は、mintaraの方へお願い致します。
話しのスジも理解せずにただ一方的に宣伝、というのは、かなり印象が悪いと思いますが。
これ、他の掲示板だったら、無言で消されている所だと思いますが。
ご注意願います。
http://www.alles.or.jp/~tariq/
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無料です!たくさんの情報お待ちいたして
おります。
globalへの投稿を拝見してお邪魔しました。
民族=国籍ではない。その事実のための実証のために、ご活躍を期待申し上げております。
日本が単一民族国家などという、頭のかびた政治家たちに、その存在を大いにアピールしてください。
http://www.hpmix.com/home/yshimada/
>「アイヌを取り巻く状況を改善する強い力は、どんな精鋭アイヌよりも、
あなたがた一人一人にあることを忘れないでほしい、人事ではないのだ。
だが、自身が「アイヌにとって一体何者であるか」を、常に肝に命じて行動していただきたい。」
理不尽な差別を受けている人達が居る事を知り、差別をしているのは我々和人である事も知り、
その上で「差別を無くしていこう」と考えたならば、やはり「行動」しなければイケナイと思う。
和人自身が和人による差別社会を変えて行こうとしなければ何時まで経っても
差別社会は終わらない。
ただし行動すると言っても下手な言動をすれば逆に差別を助長したり
被差別者を追い込み奈落へと突き落としてしまう恐れもある。
自分をアイヌと公言できない人達を増やしてしまいかねない。
声無き声、声に成り難い声を聞こうとするならば、耳をすませて細心の注意を払い、
尚且つ、多少也とも想像力を働かせ「聞く努力」をする必要が有ると思う。
そうして、一歩ずつ確実に前に進んで行く事が大切な事と考えています。
「日本社会の多様性への貢献」という文脈は、実をいうとただの漂白・免罪・同化作用でしかないことも、
心の隅に留めておいて頂けると幸いです。
>◎私が望んでいることは、
>「強くないアイヌ」「立派でないアイヌ」「いい加減なアイヌ」「だらしなくてもアイヌ」
>「コギャルなアイヌ」「誇りなど無くてもアイヌなアイヌ」が、
>どんどんうじゃうじゃと、アイヌとしてずうずうしく闊歩して、・・◎
>
>私が言いたい点もそこなんです。普通の和人が普通にやっている事を普通にやれる、
>変な和人が変な事をすると同じように変なアイヌもいて、だからと言って
>「アイヌだから・・」等と言われない社会になって欲しいと思っています。
その「和人と何もかわらず、普通に」の条件として、
「民族としても、アイヌではなく和人となってしまって」が必要である、という、無茶な意識が、
無意識な和人の暴言や、現存する様様な形の差別とともに、アイヌを脅迫し、支配しています。
「わざわざアイヌだなんて言うから差別にあうのだ」
「いまさらもう、アイヌもなにもないさね」
この無神経で暴力的なアイヌ抹殺の台詞は、何もしらない和人の口だけではなく、
アイヌ自身の口から出ることもありうるのです。
これは、アイヌがアイヌであることよりも、一和人として自由に暮らしたい、
アイヌはもういない、という意味かといえば、そうではありません。
そもそも、自由の代償として、
何故に「アイヌの子である自身」を、わざわざ否定する必要があるのでしょうか?
この、「アイヌ自身のアイヌの否定」は、
「一和人になりきり、自身の中の『アイヌ』を漂白せねば、自由になる望みもない」
という現実にある絶望の裏返しであります。
そして、本来は隣人になれたはずのアイヌを、
「被差別者アイヌ」たらしめているのは、なりより和人個人と和人社会であり、
その責任はアイヌにではなく、和人にあります。
差別や多くの困難を乗り越えて、
「本当の自分」とか「先祖の魂の在り処」に辿りつく物語は、確かに感動的でしょう。
多くの和人やマジョリティ達は(時にはマイノリティも)、
そのような「乗り越えて生きる者達の物語」を消費したがっています。
ですが、そんな「英雄的な行為」をしないと、アイヌがアイヌになれない、
あるいは、アイヌであるというだけで、そような「英雄的な行為をしろという脅迫」を
受けるのは、極めて差別的に不平等です。
アイヌから奪われているのは、アイヌの為に戦う英雄になる権利ではなく、
アイヌとして、あたりまえに、ささやかに、怯えず苦労もせず、ただなんとなく生きる権利です。
この、「奪われたあたりまえの姿」を取り戻す運動は、まだまだ始まったばかりです。
いや、始まっているのかどうかも怪しいほどです。
もっと酷いのは、その運動の中でも既に、「アイヌとしての視点を語る」言葉を、
和人が横取りして代弁してしまう、という行為が頻発しており(和人のアイヌ専門化の発生)、
ただでさえ少ない、アイヌがアイヌとして語る機会が、どんどん奪われてしまっています。
そんなことも含めて、実際にアイヌを取り巻く諸問題を解消しうるのは、
題を起こしている和人自身です。
アイヌが声をあげたとしても、和人が耳を貸さなければ、どうにもならないわけですし。
だから、和人にこそ、アイヌは語りかけるべきだ、と思っています。
アイヌ同士で、少ない利権を取り合って牽制しあうのではなく、くだらないことで戦うのではなく、
「民族」として、右も左も、片目をつぶって片手を結ばねばなりません、アイヌ同士ならば。
でも実際には、和人相手に片目をつぶるアイヌが多すぎる。
なぜそんなことが起こるのか?
アイヌに関わる和人よ、
アイヌを変える、アイヌとして行動するは、あくまでアイヌ自身だが、
アイヌを取り巻く状況を改善する強い力は、どんな精鋭アイヌよりも、
あなたがた一人一人にあることを忘れないでほしい、人事ではないのだ。
だが、自身が「アイヌにとって一体何者であるか」を、常に肝に命じて行動していただきたい。
この意味が、あなたには判るだろうか?
◎私が望んでいることは、
「強くないアイヌ」「立派でないアイヌ」「いい加減なアイヌ」「だらしなくてもアイヌ」
「コギャルなアイヌ」「誇りなど無くてもアイヌなアイヌ」が、
どんどんうじゃうじゃと、アイヌとしてずうずうしく闊歩して、・・◎
私が言いたい点もそこなんです。普通の和人が普通にやっている事を普通にやれる、
変な和人が変な事をすると同じように変なアイヌもいて、だからと言って
「アイヌだから・・」等と言われない社会になって欲しいと思っています。
いま何となく思うのは、アイヌは伸び伸びと暮していないのではないか?
何時でも和人に気を使い、必要以上に和人の前では「おりこうさん」や「いいひと」で
生きていくことを余儀なくされているのではないか?
また、アイヌが何かのパフォーマンスをする際も、
同朋に気を使い、迷惑などかからないように、差別を助長しないように、
和人を刺激し過ぎないように等と遠慮しながらやっているのではないのか?
意識して、或いは無意識であっても互いにアイヌ同士が牽制しあい、
思い通りの言動が出来ていないのではないか?
その結果、元々少数であるアイヌ民族の中の「声を上げられる極めて少数の人達」の
声が和人社会に届き難い。
確かにアイヌの置かれている複雑な状況を考えればやむを得ない事とは理解していますが、
それでも、現状を打ち破るパワーを持った「八方破れのアイヌ」が居ても良いと思うのです。
しかし、口で言うのは簡単ですが現実的に考えて見ればどうでしょう。
周囲はアイヌ及びアイヌ差別に無知無関心の圧倒的多数の和人に取り囲まれている状態ですから
「現在の状況じゃまだ無理」なのかも知れません。
もっと多くの和人に「アイヌの存在とアイヌ差別」を知ってもらう必要が有りそうですね。