第19回、北海道大学・アイヌ納骨堂イチャルパ・参加報告


青い箱

資料庫内には、青い箱と白い包みがあった。

ピリカ実(ピリカ全国実行委員会)の人達が、カメラを抱えて、空いている青い箱の中身を見ていた。白い包みには実は頭骸骨だけが入っていて、身体骨などは全てこちらに入っているそうだ。

その中には、まだ土のついたままの茶色い骨が、ビニール袋に包まれて、
新聞紙などと共に入っていた。
入っていた、というよりは、詰めこまれていた、といったほうがいいだろう。

無造作に詰められている袋から顔を覗かせている骨の一つを手にとって見た。

鎖骨だろうか?まだ湿っていた。

どこの骨だろうか? 鎖骨のように見えた。
とても細い骨で、まだ土がついていた。
しかも、ついていた土は、骨から出た油だろうか?
盗掘されてから何十年にもなるのだろうに、まだ湿っていた。






沢山並んでいる身体骨の箱、中には頭の無いものもあるらしい。棚の上に、沢山並んでいる無数の青い箱。
まるで、中には食器か引越しの荷物でも入っていそうな感じで並んでいる。
この全てに、人間の骨が詰まっているのだろうか?

あまり想像のつかない話しだ。

かつて、獣医学科のある、他の大学の解剖学実習室を訪れたときの事が脳裏をよぎった。


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薄汚い教室のようなところで、牛や馬の骨が、無造作にダンボールに詰められて
積み上げられており、甘く鼻に残る死臭の中に、微かに牛の匂いが漂っていた。
箱の中には、青や緑のおかしな色に変色したものが多数混じっており、
見なれているはずの「骨付きラム肉」の残骸の山に、薄気味悪いものを感じたの
を覚えている。

多分、解剖実習に使うのだろう、猿のホルマリン漬けが、衣替えのときに使うような、
ホームセンターで1000円か2000円くらいの、大きなプラスチックの入れ物
に2体づつ入れられて、フタをされて、沢山並んでいた。
そして、その実習室の脇にあった焼却炉の周囲の土には無数の骨片が混じっており、
月明かりの中で輝いていた。

そこで見た動物の亡骸達は、まるで工場の廃棄物のような扱いで、同じく動物の命
と向き合うと言っても、アイヌの習慣とはほど遠いものだった。

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だが、あそこは獣医学科、つまり「産業としての食肉」などの生産と管理を訓練する
場所であって、人間を扱う医療の現場ではない。おいしく頂かれた後の動物達の遺骨
は、日本の法律的にはただの廃棄物だ。
私はこの時、納骨堂に「放置」されているに等しい、青い箱の中の遺骨達の扱いに、
獣医学科で見た動物の骨の扱いと、全く同じ性格のものを感じた。


赤茶けた紙になにかが書いてある。
誰が何と言い訳しようが、少なくとも、この遺骨達が人間扱いをされていないのは確かだ。まさかと思い、他にも何個か青い箱を空けてみた。



埋葬されたときに着ていた着物だろうか?
毛か布の塊のようなものがついていた骨もあった。


ある箱は、盗掘してきてそのままだったのだろうか?
古い新聞紙で包まれ、紐で括られたままの遺骨もあった。

全て、ビニール袋に入れられて、青い箱に無造作に詰められている。


布か毛のようなものが付いている骨もあった。  新聞紙に包まれたままの骨もある。


これは、お世辞にも「遺骨を安置」と呼べる状態ではない。
俺の家のジャガイモの保管方法のほうが、まだいくらか丁寧だ。


こんなものは見ていられない。
思っていたよりも、随分生々しい状態の「掘ったままの状態」の遺骨達。
その姿に、あまりにも生々しく児玉教授達が「墓暴き」をしている情景が浮かぶ。



とりあえず棚に並ぶ包みを撮り、青いケースを撮って回った。
壁一面に並べられた白い包みの前にしゃがみこんでシャッターを切った。

後ろを向き、目の前の身体骨の青い箱のラベルを見た。

骨が、部分ごとに整理されている。「橈骨・尺骨 日高No2〜28 十勝No2〜44」

…橈骨・尺骨といえば、つまりは腕の骨のことじゃないか。
この箱は、身体骨のうちの、腕だけで集めていている棚か?
人間の骨が、まるで部品か何かのよう扱いだ。
なんという不気味な事をするものだろうか。吐気がする。

せめて、同じ人の遺骨は、同じところに入れてやれないものなのか?

余りの状態の連続に、さすがに疲れてしまった。


あまりに多くの骨が、無造作に保管されていた。




白い包み へ続く


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