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私家版ハウス概論 西城秀樹の昔から「ハウス」と言えば 「バーモント」と相場は決まっていたはずなのに、今や「ハウス」と言ったら深〜い階層になっていて、さっぱり分からない。チープなドンカマに、キックの4つ打ち、ラテンっぽいピアノのバッキング。ハウス・ミュージックと言ってこんなイメージを未だに持っている者は即刻「退場」をくらうご時世なのであろう。 ソウル・トゥ・ソウルの『club classics vol.one』 (1989年)は、今聴くとサウンドのチープさに驚くのだが、思えば「ハウス」 と言われる音楽の出会いがこのアルバムだったが、同時にこの作品は現在の複雑に分派した 「ハウス・ミュージック 」 の源流となったアルバムと言える。 正体不明のグループアート・オブ・ノイズが登場した80年代中盤から、90年代ってのは、「スネア」の時代から「キック」の時代へと確実にサウンドが変容して行った時期でもあり、TR808を使ってまさに「キック」の時代を演出していったというか、新鮮な試みをしたのがソウル・トゥ・ソウルだったのではないかと思う。 彼らのサウンドってのは、乱暴に言っちゃうとアメリカのソウルとクラフトワークのテクノが合体したもので、ジャンルもジャズあり、ブレークダンスが懐かしいヒップ・ホップあり、ソウル、レゲエ、R&B、アフリカンありと、こうした種種雑多な無節操ぶりこそ「ハウス」の黎明期そのものという気がする。 その後数年、個人的には音楽とも縁が薄くなり、殆ど浦島太郎状態になるワケなのだが、91年にライダーズが復活したのを気に、再度音楽を聞き始めることになる。現在の「ハウス」に近いサウンドを体験したのは恐らく 『SUZUKI白書』 だったのではないかと思う。 恥ずかしながら当時の音楽状況の右も左も判らなかった筆者にとってはTHE ORBの「SATELLITE SERENADE REMIX」はハッキリ言って「?」であった。「地下水道」のようなダブ・サウンドは今聴いても正直言ってクラクラくるのであるが、起承転結としての曲体裁は整えており、また展開も読めるので聴き易いというか、従来の楽曲構造である、とも言えるんだろうが、このリミックスはホント掴み所がなく聴いていて実に心配だった記憶が鮮明に残っている。細野さんじゃないが、この先どこ行っちゃうの?ってやつだ。 その後「レイブ現象」とか何とかいって、六本木のおねぇチャン達も大活躍するようになって、瞬く間に「ハウス」が進化を遂げていき、その定義すら分からなくなったんで、90年代前半にYMOが「大人のテクノ」を標榜して再生を果たしたというのが筆者の「ハウス 」の稚拙で大雑把な見方なのである。かつてジュリアナのお立ち台で踊っていて、現在はこのムーンライダーズ会議室(20番会議室)を読んでいる人が、ある意味で「ハウス」と言われる音楽の本質を理解していそうな気もするのだが。 ※Text by KRAFT.WARTZ (樫の会) ※1997.06.07にniftyserve(現@nifty)内のFBEAT ムーンライダーズ会議室への発言 内容を加筆修正。 ※2004.07にアップ。 ※文中敬称略 |
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