
profile
恥ずかしながら、かしぶち哲郎のプロフィールを記すにあたり非常に悩んだ。例えば林家三平だっ
たら「落語家」、という具合に紹介する時のキャッチ・フレーズとでもいうものが、この人ほど見当たら
ない人も珍しいのではないかと思うからだ。恐らくはムーンライダーズのドラマーという紹介のされ方
が一般的なのであろう。事実氏は98年現在、22年間という長きに渡り、さらにはちみつぱい時代か
ら数えれば、恐ろしいくらい完全無欠にその地位に君臨してきた訳だから。
面白いエピソードがある。氏の母校である栃木県の宇都宮東高校の同窓会名簿だ。かしぶち哲郎
はこの名簿の職業欄に「ムーンライダーズ」と記入している。音楽家とかミュージシャンなどという俗
っぽい表現をしていない。本人に真意を確かめようとしても些細な事には最早拘りがない。これは一
体何を意味するのだろうか。ひょっとしたらかしぶち哲郎を紹介する時のポイントがここに隠されてい
るような気がする。詳しくは当ホームページをご覧頂き、何らかの手がかりを見つけて欲しいと思う。
さて、この際能書きなどどうでも良いことにして、かしぶち哲郎を紹介することとする。かしぶち哲郎
は1950年11月9日栃木県に生まれている。因みに1950年という年であるが、歴史的には朝鮮
戦争が勃発、国宝金閣寺が焼失、また、テレビの実験放送が開始となっている。ヒット曲では美空
ひばりの「東京キッド」、二葉あき子の「水色のワルツ」等があった。さらに11月9日という日である
が、かしぶち哲郎16歳の1966年にはあのジョン・レノンがオノ・ヨーコと展覧会で出会っていたり、
41歳となった91年にはシャンソン界の大御所イブ・モンタンが70年の生涯を終えている。何とも運
命的なものを感じてしまう。
2004年現在、オリジナルソロアルバム3枚を始め、高校時代の音源を集めたアルバムや、ソロ
ライヴでのベストテイクを集めたライブ盤などがリリースされている。他には映画音楽、アイドルの楽
曲提供及びプロデュース、テレビ番組の音楽制作等、枚挙にいとまがない。
そして97年。単独ユニットトウキョウローズを始め、定期的なソロ・ライブを敢行。
かしぶち哲郎は再び動き出した。
※97年時の初稿に加筆(2004.07up) Text by KRAFT.WARTZ