第2回ワインアドバイザー全国選手権大会 を振り返って

杉 本 靜 彦



 待ちに待った出発の日、4月19日がやってきた。午前中で仕事を 切り上げて、午後の近鉄特急で会場となる大阪へと向った。なぜか、気持ちは 開放感で満たされている。4月20日に目標を絞り、随分前から計画を立てて 勉強と利酒に専念してきた・・今までも「ワイン」という大きな課題に対して 自分なりに色々と勉強はしてきたが、(自分で言うのも恥ずかしいが)かなり 苦しい日々を続け、一生懸命に頑張ってきた・・から、あーやっと4月20日 が来るのかと思う気持ちが強く、心地良い気分になっていたのだろう。まとめ ておいた大学ノート6冊も持ってきたので、車中で復習を始めていた。
 会場となる「ハイアット・リージェンシー・オオサカ」には夕方5時過ぎに チェック・インして20階の部屋へ案内された。今夜は早く夕食を済ませよう と思い一階へ向う途中で名古屋の小西さんと出会った。今大会での準決勝出場 者24名中、愛知・岐阜・三重県からは、私と小西さんの二人だけであった。 レストランのテーブルに着くとすぐに、岡山の小野さんが入ってこられた。 彼女は第1回大会の入賞者で久しぶりにお会いでき、一緒にどうですかという 事になって程なく小西さんも交えて三人で明日の大会について色々と話を始め た。「今回は、精鋭が揃っていますよ」「明日は大変だ、恥をかかないように しなくっちゃ」・・そんな話題ばかりで、三人で少しでも気分を和らげようと 思っていたのに、反対に不安と緊張がますます高まってしまった。
 7時30分頃には自室に戻り、確認のつもりで復習しようと、持ってきたノ ートを広げ机に向ったのだがまったく気持ちが入っていかず、明日の事ばかり が頭に浮かんできて色々と想像してしまう。筆記試験は、利酒は、準決勝で 落ちてしまったらどうしよう、とにかく決勝の6名には残りたい。いままでは こころの片隅にしかなかった「前回の準優勝者」という実績がプレッシャーと なって重くのしかかってくる。「明日は恥ずかしい結果に終わりたくない」と いう思いで頭の中はもうパニック状態でとても落ち着いて勉強できる心理状態 では無かった。あっと言う間に時が過ぎ、時計は午前0時をまわっている。早 く眠らなければとベッドに潜ったが緊張と高揚でまったく寝付かれずやっと眠 りに付いたのは午前3時を過ぎていたと思う。ふと目が覚めたのが6時30分、 とてもじゃないが、心地良い目覚めとは言えない朝であった。幾らかの時間 ベッドの上で何もせず「ぼーっ」と寝そべっていた。寝不足であろうか、すごく 目がはれぼったい。7時過ぎ朝食をとるため部屋を出るが、まったくと言って よい程食欲がなく、食べやすいフルーツ、牛乳、りんごジュース、クロワッサン 1個、美味しいとも、まずいとも思わず只義務的に口に入れるだけであった。 受付けが始まるまでの時間自室で、まるで夢遊病者のようにじっと外の景色を 眺めていた。ふと我に帰り、身嗜みを整えて2階の受付け会場へと向った。
 9時20分頃までには、24名全員が集まった。自分以外の皆さんがとても 優秀にみえてしょうがない。20分程本日の大会スケジュールについてのオリ エンテーションが開かれ、いよいよ10時、準決勝の開始である。
 筆記試験の問題・解答用紙が配られ、10時きっかりにスタート。そしてすぐに グラスに注がれた赤・白2種のワインが各選手に配られた。1時間で45の解答と 2種の利酒のコメントを書き込まなければいけない。時間を考え有効に進めていか ないと、とても制限時間内に終えることができないと思い、先ず一通り問題を読み すぐに解答できるものは書き込んでいった。予想はしていたが、2年まえの第1回 大会よりかなり難しい内容の設問であった。25分程してから利酒に移った。その 時思ったのだが第一印象の香りだけでも最初に確認しておけばよかった、だがもう そんな事後悔している余裕は1秒もない。とにかく色調から始まり第一香、第二香 、味わい、熟成度、飲用温度、デカンタージュの有無、グラスの形状、合わせる料 理、ぶどう品種、収穫年、原産国、生産地域、地区、村、等々、書かなければいけ ないコメントは山ほどある。2種類の利酒を終えた時点で、残り時間は約15分、 とにかく自分の知識の限りを総動員させて解答に熱中した。11時、準決勝の筆記 、利酒試験が終了。選手は皆一様に少し緊張が解けた様子で、口々に「時間が足り なかった」「内容が難しかった」等々、感想を話し合っている。 そして、すぐに ソムリエ協会の熱田会長を囲んで24名全員で記念撮影を行った。午後1時45分 まではフリーな時間だ。私と、小野さん、小西さんと先程の準決勝の内容を話題に しながら昼食を取った。
 1時45分、再び集合した時、私だけタブリエをしてリトー、ティルブッション、 ペン、メモ用紙等を身に着けていた。決勝公開審査は「普段の仕事場でのスタイル で」と、書いてあったのに、私だけやる気満々といった感じで目立ってしまった。 これで落ちたら皆の笑い者だなと思ったが、あくまでも普段通りで行こう、そんな 事気にするな!と自分自身に言い聞かせた。2時15分頃、いよいよ役員の方を先 頭に24名が3階の「リージェンシーボールルーム」へ入場だ。そこでは、「世界 のワインまつり」も開催されており、1000人以上の観客が詰め掛けていた。そ の中を24名がそれぞれ1人ずつ司会者に紹介されてステージに上がり、一礼をし て降りていく。そして、熱田会長より、決勝進出者6名をアイウエオ順に発表する とのアナウンス。静寂の中、一人めが発表されると会場内は拍手の渦、そして再び 静寂が戻り「ムッシュー 静彦 杉本」、私の名が呼ばれた。よし、やった!拍手に 送られてステージに駆け上がった。決勝進出者6名が発表され再紹介されると、こ れからすぐに行われる決勝公開審査の順番を決める抽選が行われ私は最後の6番目 となった。 「最終か、待つ時間が長くつらいなあ」。1番目の選手を残し、5名は2名の役員 と共に2階の「舞の間」で待機する。もちろん決勝での審査の内容は何も知らされて いない。20分程して、2番目の選手が外からの役員に呼ばれてスタンバイの為に 控室から出て行く。この時点で初めて審査の内容問題が知らされるのだが、これは 6名の順番によって不公平が生じないようにするためと思われる。順番待ちの間、 自分でも不思議なほど心地良い緊張感に包まれていた。幾度も心の中で、どんな 内容であれ普段通りの利酒と接客、セールストークを行えばいいんだ、いいんだ、 と繰り返し念じていた。
 いよいよ私の出番がやってきて、係員に誘導され会場へ向う。審査内容のプリント が私に手渡された。先ず最初に利酒、そして試飲販売を実施しているという設定で 、その準備から始まり、お客様にセールスするという内容であった。仮想のお客様 はご夫婦、必ず色々な質問が出るに違いない。
 司会者からの紹介とスポットライトに導かれステージに上がる。一番奥の7名の 審査員に一礼し、次に会場の観客に一礼した。司会者から「スタートして下さい」 の声がかかり、グラスには赤ワインが注がれた。コメントを述べる。しっかりと 大きな声で話す事を心がけた。「色調は、若干ワインのリムに樽熟成もしくは瓶内 での時間的経過によるオレンジ色を帯びた、やや濃い目のルビー色、透明度もあり 粘着性の強さは中程度、この色調からワインが健全であることが予測できます。」 香りのコメントに移った時、頭の中ではもう完全に解っているのにスムーズに言葉が 続かない。あれ程、表現方法とイメージトレーニングを繰返し練習したのだ、焦るな 焦るな、と自分を落ち着かせ、「芳香性は、やや開き始めていて中程度の豊かさ、 ベリー系果実の香りが支配的で、フランボワーズを煮詰めてリキュール状になった時 の様な香りで、僅かに動物的な香りと、少し焼いたグリーンピーマンやローズペッパー に似た軽くて心地良いスパイス香がある。」なんとか切り抜けた。さて、味わいは 「アタックはベリーの果実味と酸味、アルコール分のボリューム感がうまく調和した ミディアムなスタイルで、心地良いタンニンと熟したフランボワーズの様な酸味と甘味 を持った果実味が口中一杯に広がり、アフターに若干の苦みとドロップに似た甘味が 残り、余韻の長さは中程度、合わせる料理は、鶏肉をこの赤ワインで煮込んだ料理、やや 大き目のバルーン型のワイングラス(もちろん、カットや色付けは無し)、飲用温度は 16度、デカンタージュは不要、標準的小売価格2500円、品種はピノ・ノワール、 収穫年は1992年、原産国フランス、産地はブルゴーニュのコートシャロネーズ地区。」 しかし、抜栓時間と将来性を言い忘れた。
 次は、さあっ!早く試飲販売の準備をしなくては・・・、ステージの袖に一式の備品とワインが あり、それを中央のテーブルへとセットする。セールスワインは、ポルトガル北部の白 ワイン、ヴィニョ・ヴェルデであった。ソーの中で抜栓を始めたが、薄いプラスチックの キャップシールでしかも中にもう一重巻かれており、ナイフで切り落とすのに少々てこず った。後はだいたいうまく進行したと思う。
仮想のお客様ご夫婦から色々な質問を投げかけられたが、自分自身ではなんとかうまく 受け答えができいい感じのコミュニケーションが持てたと思った。すべてが終了して、やは り最初と同様一礼をしてステージを降りた。とたんに、緊張がとれ体中の力が抜けていくと 同時に気分が和らいで「ほっ」としたのであった。観客席で応援して頂いた長田さん、小森さん 等数人の方から感想をいただき大変ありがたく思ったが、自分の体は昨日からの緊張と疲労で 一刻も早く横になりたい気持ちで一杯だった。しかし、会場には仕事上の知合いの方もお見え になり、もちろんこの機会にご挨拶をさせて頂かねばならず、結局部屋に戻ったのは6時前 で、急いでシャワーを浴び6時30分からの表彰式を兼ねたワインパーティーに出席することに なった。
 パーティーが始まり、歓談の中、7時15分に本日出場の選手24名が集まり表彰式に向う。 始めに、1名づつステージに上がり司会者から紹介されて降りる。次に決勝進出者6名が再び ステージへ上がる。いよいよ熱田会長から発表だ。3位、準優勝、と表彰が終わり、司会者が 「いよいよ、第2回ワインアドバイザー全国選手権大会の優勝者の発表です。」
熱田会長が「ムッシュー 靜彦 杉本!」
会場から、わあっと一斉に拍手が鳴り響く中を私が中央にすすむ。ああ、今本当に現実に 自分が優勝できたのだ。もう、うれしくて、うれしくて!!!!!!!! この気持ちをどのように文章で表現したらよいのか?

表彰の間ずっと夢心地だった。

今日まで、自分に言い聞かせてきた事がある。

<4月19日までは、とにかく苦しんで苦しんで毎日勉強しよう。>
<そして、4月20日は一生懸命頑張って楽しもう。>

でも、この20日という日はやはり、不安と緊張の1日だった。

表彰式で自分の事のように喜んでくれた長田さん、ずっと泣きながら写真を撮って くれた小森さん、松田さんはじめ津ワイン愛好会の皆さん、本当にありがとうございました。 もちろん、家族の協力も忘れることはできません。
そんな事を思いながら、夜遅くホテルの窓から眺めた夜景は一生忘れられないでしょう。